契約を解除したのに退去されない。この段階から先は、裁判所の手続になります。
この段階でまず知りたいのは、「訴訟を起こしたら、どのくらいで部屋が返ってくるのか」「全部でいくらかかるのか」という2点だと思います。事案によって変わるものではありますが、標準的な進み方はあります。
訴訟を起こす前に
訴えを提起する前に、確認しておくことがあります。
誰を相手にするか
賃貸借契約の借主が相手になります。あわせて、借主とは別に独立して部屋を使っている人がいれば、その人も相手にする必要があります。
借主と一緒に暮らしている家族であれば、借主(世帯主)を相手にすれば足ります。これに対して、無断で転貸している場合の転借人や、借主とは別に部屋を使っている同居人は、借主に対する判決だけでは退去させることができません。強制執行の段階になって「判決に名前のない人が住んでいる」と分かると、そこからやり直しになります。
誰が住んでいるかがはっきりしない場合は、訴訟の前に占有移転禁止の仮処分を申し立てておく方法があります。これをしておくと、訴訟の途中で占有者が入れ替わっても、そのまま執行できます。
未払賃料もあわせて請求するか
明渡しと未払賃料の請求は、同じ訴訟の中でできます。
明渡しとあわせて請求する未払賃料や賃料相当損害金は、訴額(収入印紙の額を決める基準)に算入しない扱いです(民事訴訟法9条2項)。あわせて請求しても、印紙の額は変わりません。
ただし、相手方に支払う資力がなければ、判決を得ても回収はできません。回収の見込みを立てたうえで、どこまで請求するかを決めます。
明渡しが遅れることによる損害(賃料相当損害金)も、解除の日以降について請求できます。
訴訟の流れ
訴えの提起
物件の所在地を管轄する裁判所に訴状を出します。神戸市内の物件であれば神戸地方裁判所または神戸簡易裁判所です。
どちらになるかは訴額で決まります。建物の明渡しの訴額は、建物の固定資産税評価額の2分の1です。これが140万円以下なら簡易裁判所に出すことができますが、不動産に関する訴訟は、140万円以下でも地方裁判所に出すことができます(裁判所法24条1号)。
提出から1〜2週間ほどで、第1回の期日が指定されます。期日は、提出から1か月程度先に入るのが通例です。
第1回期日
相手方が答弁書も出さず、出頭もしない場合、原告の主張を認めたものとして扱われ(民事訴訟法159条3項)、その日のうちに弁論が終結し、2週間ほどで判決が出ることがあります。
相手方が出頭した場合は、主張と証拠のやりとりが始まります。期日は1か月に1回程度のペースで入ります。
和解
明渡しの訴訟では、裁判所から和解を勧められることがよくあります。
典型的なのは「◯月末日までに退去する。それまでの賃料相当損害金は免除する。退去しなかった場合は直ちに強制執行できる」という内容です。相手方にとっては引っ越しの時間ができ、貸主にとっては強制執行の費用をかけずに部屋が返ってくる可能性が残ります。
和解調書は判決と同じ効力を持ちます。約束した日に退去されなければ、そのまま強制執行を申し立てられます。
判決
争いがある場合、提訴から判決までは3〜4か月程度を見込みます。
判決が出ても、相手方が控訴すれば確定しません。判決に仮執行宣言が付いていれば、確定を待たずに強制執行を申し立てられます。
ただし、実務では、建物の明渡しについては仮執行宣言が付されないことも多いとされています。明渡しは、執行した後で判決が覆ると元に戻すことが難しいため、とくに借主が住み続けながら争っている場合には、裁判所が慎重になるためです。付かなかった場合は判決の確定を待つことになり、控訴されれば、その分だけ強制執行に進む時期が遅くなります。
強制執行
判決や和解調書があっても、退去されなければ自動的に部屋が返ってくるわけではありません。申し立てが必要です。
申立て
物件の所在地を管轄する地方裁判所の執行官室に申し立てます。このとき、予納金を納めます。金額は裁判所ごとに決まっていて、相手方1名・物件1つの場合でおおむね5〜6万円程度です(相手方や物件が増えると加算されます)。使わなかった分は返ってきます。
明渡しの催告
申立てから2週間ほどで、執行官が現地に行きます。このとき、断行日(実際に運び出す日)が指定され、通常は1か月ほど先になります。玄関に公示書が貼られます。
この催告の段階で、相手方が自分で退去することがあります。その場合、断行の費用はかかりません。
断行
指定された日に、執行官の立会いのもと、執行業者が荷物を運び出し、鍵を交換します。運び出した荷物は一定期間保管され、引き取られなければ売却または廃棄されます。
この費用が、実費の中でいちばん大きくなります。ワンルームでも十数万円から30万円程度、家族で暮らす広さの部屋では30万〜50万円程度になることもあります。エアコンや家具の廃棄、特殊清掃が必要な場合はさらに加算されます。
断行の前に執行業者の見積りを取れるため、その時点で進めるかどうかを判断できます。
費用の全体像
弁護士費用とは別に必要になるものを整理します。
| 項目 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 収入印紙(訴訟) | 数千円〜 | 建物の固定資産税評価額の2分の1(訴額)によって変わる |
| 郵便切手(訴訟) | 6,000円前後 | 裁判所により異なる |
| 不動産登記事項証明書 | 数百円 | 訴状に添付する |
| 占有移転禁止の仮処分 | 保証金が必要 | 申し立てる場合のみ |
| 強制執行の予納金 | 5〜6万円程度 | 裁判所により異なる。余れば返還される |
| 執行業者の費用 | 十数万円〜 | 荷物の量による |
当事務所の弁護士費用は、費用のご案内に段階ごとに掲載しています。交渉で終われば交渉までの費用しかいただきません。
回収できるかどうかは別の話
明渡しが実現しても、未払賃料と執行費用が戻ってくるとは限りません。
判決で支払いを命じられても、相手方に財産がなければ回収できません。給与の差押えができるのは勤務先が分かる場合、預金の差押えができるのは金融機関と支店が特定できる場合です。
そのため実務では、明渡しを先に確保することを優先し、金銭の回収は状況を見て判断するという進め方をとることが多くなります。滞納が増えるのを止め、次の入居者を入れられる状態に戻すことのほうが、経営上の損失を小さくできるためです。
まとめ
- 提訴から判決まで3〜4か月、強制執行まで進むとさらに1〜2か月
- 相手方が出てこなければ、もっと早く終わることがある
- 裁判所から和解を勧められることがあり、和解調書は判決と同じ効力を持つ
- 強制執行の実費(予納金+運び出し)が、費用の中で読みにくい部分
- 回収と明渡しは、分けて考える
その物件で、いまどの段階から始められるかは、契約書と督促の記録を拝見すれば判断できます。