半年分の賃料が入っていない。何度督促しても応答がない。部屋には出入りしている様子がある。
この状態で「鍵を替えてしまえば出ていくのではないか」と考えるのは、貸主として自然なことだと思います。実際、賃貸借契約書に「賃料の支払を2か月以上怠ったときは、賃貸人は本物件に立ち入り、鍵を交換することができる」という条項が入っていることもあります。
それでも、貸主が自分の手で明渡しを実現することはできません。
自力救済は認められていない
日本の法律は、権利の実現を国の手続(裁判所)に委ねる建前をとっています。権利がある側が自分の力でそれを実現することを、自力救済といい、原則として認められていません。
判決や和解調書といった債務名義を得たうえで、執行官の手で明渡しを実現する。これが唯一の方法です。
次のような行為は、いずれも認められません。
- 鍵を交換する、シリンダーに細工をする
- 部屋に立ち入って荷物を運び出す、処分する
- 電気・ガス・水道を止める
- 玄関に「賃料を滞納しています」といった貼り紙をする
- 深夜や早朝に繰り返し訪問する
契約書にそう書いてあったとしても同じです。自力救済を認める条項は、公序良俗に反して無効と判断されるのが一般的です。
実際に何が起きるか
これらの行為をしてしまうと、立場が逆転します。
貸主側が損害賠償を求められることになります。請求されるのは、住居に入れなかった期間のホテル代、処分された家財の価格、精神的損害に対する慰謝料などです。荷物を処分していた場合、その中に何があったかを主張するのは相手方ですから、こちらでは反論しにくくなります。
刑事責任が問題になることもあります。無断で立ち入れば住居侵入罪(刑法130条)、荷物を処分すれば器物損壊罪(同261条)、鍵の交換や貼り紙の態様によっては威力業務妨害や強要にあたり得ます。
そして、本来の請求が通りにくくなります。滞納した相手に明渡しを求める訴訟で、貸主側にこうした行為があると、裁判所の見方が変わります。もともと通るはずだった請求が、和解の条件で譲歩を求められる形になることがあります。
家賃保証会社の取立てについても、同様の行為が違法とされることがあります。管理会社に委託している場合、委託した側の責任が問われることもあります。
「部屋が空き家のようだ」という場合も同じ
長期間出入りがなく、明らかに住んでいないように見える場合でも、原則は変わりません。
賃貸借契約が続いているかぎり、その部屋を使う権利は借主にあります。荷物が残っているのであれば、それは借主の所有物です。「もう住んでいないのだから」という判断を貸主の側でしてしまうと、後で「置いていたのではなく、一時的に離れていただけだ」と主張されたときに、こちらの側に説明責任が生じます。
まず確認するのは、住民票の異動があるか、電気やガスが止まっているか、郵便が転送されているかといった、外から分かる情報です。それでも判断がつかない場合は、部屋の中を確認する前にご相談ください。
代わりに何をするか
手順そのものは決まっています。
- 催告と契約解除の通知を内容証明郵便で送る
- 支払いも退去もなければ、建物明渡請求訴訟を提起する
- 判決または和解が成立する
- 退去されなければ、強制執行を申し立てる
- 執行官による明渡しの催告(通常、1か月ほど先の断行日が指定されます)
- 断行(執行業者が荷物を運び出し、鍵を交換する)
訴訟の提起から判決まで3〜4か月、強制執行まで進むとさらに1〜2か月が目安です。時間はかかりますが、この手順を踏んだ場合、自力救済を理由に貸主が責任を問われることはありません。荷物の処分も、執行手続の中で行われます。
相手が出ていくと言ったときも、書面にする
交渉の中で「来月末に出ます」という話になることがあります。そのときに口約束のままにしないでください。
退去の日、荷物の扱い、残った滞納分の支払い、鍵の返却方法を書面にします。合意書の形にしておけば、その日に退去されなかったときの次の手を決めやすくなります。
なお、公正証書にしておけば金銭の支払いについては強制執行ができますが、建物の明渡しについては公正証書では強制執行できません。明渡しの強制執行には、判決や和解調書などが必要になります。この点は誤解されやすいところです。
まとめ
鍵を替えたくなる気持ちは、賃料が入らない状態が続けば当然のことだと思います。ただ、そこで一歩踏み出してしまうと、回収と明渡しという本来の目的から遠ざかります。
手続を踏めば時間はかかりますが、決まった手順で進みます。「もう待てない」という段階でご相談いただければ、いま何か月目で、どの手続から始められるかをお伝えします。